ViolaWorld




ビオラワールドからのご挨拶


ビオラワールドにおいでいただきまして、ありがとうございます。私が作り出したビオラをご覧になって、専門家にしか出来ないと思われがちだった交配や育種に、少しでも多くの人が興味を持っていただいて新しい花が生まれてくれば幸いです。

 以下は依頼されて書いたものですが、あまり一般向けでないので興味のある方のみお読み下さい。

 きっかけは二十数年前、大学で生物学を専攻していた頃、バンビーニに出会ったことでした。それまでも春花壇の定番としてビオラ・パンジーを毎年蒔いていました。もちろん好きではありましたが、他の人と同じように花壇の絵の具的な感覚で作っていたような気がします。しかし、他の品種からずっと遅れてバンビーニが咲き始めた時、すっかり魅せられてしまいました。それぞれに、表情があるのです。その頃にはもうパンジーの品種はF1が主流になっていて、生育も花色も揃っているのが当たり前になっていましたから、不揃いで個性的な花に新鮮な驚きがあったのでしょう。この印象が、後の花作りに大きく影響して来たのだと思われます。
 ジャーマンアイリスも好きで趣味として作っておりましたが、その頃の品種の急速な進歩には目を見張るものがありました。ビオラ・パンジーに目を転じると、殆ど同じ基本色を持ちながら、数十年前と殆ど変わっていません。開花までに数年かかるジャーマンアイリスでさえ短期間にここまで進んだのだから、数ヶ月で開花するビオラはもっと早く新しいものが創り出せるかもしれない。こうして、ビオラの交配が始まりました。
 いったい何が、ビオラの進歩を阻んできたのでしょうか。それは、ビオラ・パンジーに限らず、種子から育てる作物全般に共通することです。つまり、純系を作ることです。栄養繁殖できるものであれば、優れた固体をそのまま増やすことが出来ます。しかし種子繁殖する場合、親の形質をそのまま受け継ぐ純系を作り出すために、かなりの労力と時間を必要とします。それならば、純系を作らなくても良いのではないか、品種ではなく、個体を作ることにしようと決めたのです。
 少し生物学を齧っていた私には、純系というものに疑問がありました。同じ遺伝子しか持たないことは、有性生殖を獲得した生物の性質から見ても異常ですし、稀に起こる突然変異でしか、新しい遺伝子が生まれる可能性がなくなってしまいます。集団内に遺伝子の変異を多く持っていれば、頻繁に起こる交叉組換えにより、新しい遺伝子が生まれる確率はとても大きくなります。そこで私は、交配したビオラを系統立てて分けることをせずに、雑多な集団として育てて行くことにしました。
 まずはビオラに、花色の豊富なパンジーを交配することから始めました。親になった品種は、次の通りです。
バンビーニ、キューティ、プリティ、ブルーパーフェクション、ホワイトパーフェクション、イエローパーフェクション、マロンピコティ、ローズピコティ、スマイルシリーズ、20世紀シリーズ、インペリアルシリーズ、シャロンミックス
 今では私の作ったビオラは、ジャーマンアイリスの花色を遥かに超えています。でもそれはすべて、これらを交配したものの子孫なのです。シャロンを使ったことで、花型にもかなりのバリエーションが出るようになりました。先人達がしてきたように近縁の野生種との交配も考えましたが、特に優れたものがあるとも思えなかったので、手に入りやすい園芸種だけを親に使いました。目指す色彩やコンビネーションはかなり出揃いましたので、ここ数年はコンパクトな草姿と花付きを目安に、交配よりも選抜に重点を移しています。ただ残念ながら、限られた面積で密集栽培をいている都合上、釣り鉢に向くような匍匐性のものなどを除いていかなくてはなりませんでした。
 花作りは、眼が頼りです。左右の眼で感じる彩度が、微妙に違うことも気になるくらいですから、僅かな花の変異を見つけ出して、それを増幅して来られたのでしょう。もし見えなくなったら、ふとそんな不安がよぎったことがありました。その時から、香りが大きなテーマになりました。ビオラ・パンジーの中には良い香りを持つものがあることは、残念ながらあまり知られていないようです。子供の頃、コンフィダンスの香りが好きでした。その後、かなりの数のバラを作りましたが、だんだん香りの良いバラが少なくなっていったことに寂しさを感じていました。香りは、花においても色や形に負けないくらいに大きな魅力ではないでしょうか。そんな私の趣向を反映して、今では大半のビオラが香りを放ってくれています。
 毎年数万のビオラを育て、その中から選ぶ親株は千を遙かに超えてしまいます。目的に適わないものは全て捨て去るという、育種の本筋から離れたことで、雑種のビオラたちは今、外にはない花を開いています。どんな花でも、長所と欠点を兼ね備えています。欠点ばかりに注意を払っていると、そこに埋もれてしまっている小さな長所を、見逃しがちになります。しっかりとした観察眼を持ち、その長所を伸ばしてやることで、身近でありふれた花からも、新しい世界が生まれてきます。ひたすら珍しいものばかりを追うだけが、園芸ではないはずです。本当に花を愛する人が、新しい花の世界を創り出すことを期待しております。

RHSJ会報誌2001年3月号 連載「種子まく人」より抜粋

ビオラワールド:江原 伸